相田みつをさんの詩に精神的に助けられたことがあります。愚痴を言わず、涙も見せず、具体的に動いてみる、そこに人間としての根本が出来上がるみたいなのがあって…これって大事なことですよね。元気が出ました。もっと相田みつをさんの詩を見てみると、愚痴をいってもいいがな、涙を見せてもいいがな、人間だものというというものに出くわす。えっ?どういうこと?自分なりの意見ですが、結局本音と建て前の世界ではないでしょうか?自分が生活するうえでプラスになる方を選べばいいのではないでしょうか。相田みつをの詩を感じて、やるだけやってみて、もしうまくいかなかったらば「人間だもの」ということで逃げ場を設ければいいのでは?自分から言わせれば「人間なんて」と言いたいところだけれども。自分の都合のいいように解釈するわけでして。またそうしないと、いちいちいやな記憶を思い出して悩んでいたら身が持たないわけでして…。そんな人間の感情を素直に表現したのが、相田みつをさんではないかと…。現代、人間が生物の頂点にあるのは、臨機応変に環境に対応できたからではないでしょうか?相田みつをさんの詩は自分のいいように解釈すればいいのではないでしょうか。明日からもがんばれるように。人に迷惑をかけることなく、後悔のないように自分の力を出し切る。自分だけで生きているわけではないので、周りの人のこともよくよく考えてね。生命に感謝して…なんて偉そうに言ってる自分も人間だから。